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2008-06-06

さてさて、

だいぶ間が開きましたが

前回の続きです。



[]良い忠実なしもべ 10:12 良い忠実なしもべ - umiusi45の日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 良い忠実なしもべ - umiusi45の日記 良い忠実なしもべ - umiusi45の日記 のブックマークコメント


さてはて、

神というのもまた、

人間にとっては理不尽なことをしてくれる存在

だったりする。


たとえば、

  • 恐怖
  • 憎しみ
  • ねたみ

その他、神が本当に完ぺき主義者であるならば

それらの要因は、最初から切って捨てておいてくれればいいものを。。。。。。


聖書で言う神が、完璧主義者であるのに

人間が思うまま*1の状態を放置しているのは

放置することによって神の存在を忘れさせるため、ではなく

神を求め、神の存在を覚え、

自らが自らの意思で神に従うことを望んでいるから、

だと思う。

そして、それを辛抱強く待っている

のかも。


イエス・キリストが亡くなってから

もう2000年ぐらい過ぎようとしている。

亡くなった端から、

そのうち、もうすぐ戻ってくる、と言われていたが

いってからも2000年も経っている*2

その戻ってくることが、いわゆる「終末」となっている。

その終末の時まで

辛抱強く(笑)神が望むような者として待ち続ける

必要があると思うが、


聖書の、

イエス・キリストの語った言葉は

福音書」と呼ばれている。

その中にはキリストの作った

「たとえ話」がいくつか載っていて、

その中でも

王様、又は領主様のような人が、旅に出かける話が

多く掲載されている。


その一つに、

ある人が旅に出た。そして3人のしもべにそれぞれお金を託した。

今で言えば、それぞれ1000万円、800万円、500万円ほどであろうか。

何年か旅していて、そして何年かして戻ってきた。

戻ってきて主人が一番最初に行ったことは

お金を預けた3人のしもべを呼び寄せる事だった。


1人目が来て言った。

「ご主人様、わたくしめは預かったお金を元に、もう1000万ほど儲けました」

それに対して主人は、

「よくやった、よい忠実なしもべだ!あなたはわずかなことに忠実であった」

2人目が来て言った。

「ご主人様、わたくしめは預かったお金を元に、もう800万ほど儲けました」

それに対して主人は、

「よくやった、よい忠実なしもべだ!あなたはわずかなことに忠実であった」

3人目が来て言った。

「わたしは、あなた様が蒔かない所から刈り取る非常な方だ、と存じていましたので、大事に隠しておきました。

ほれ、この通り、もとの500万円がございます。お納めください」

それに対して主人は、

「なんて間抜けな、仕事に怠惰なものなのだ!『わたしが蒔かないところから刈り取る』と知っていたというのならば、

なぜ銀行にでも預けておかなかったのだ?そうすれば利息も付いただろうし」

と言って、その3人目の500万円を取上げ、1人目にあげてしまった。


そしてキリストは言う。

「持っている者は更に与えられ、持たない者は取上げられる」



着目すべき点は、

わずかなことに忠実であった、と言う言葉。


それはたとえば、

宗教活動を熱心に行ったから、とか

交通安全運動を積極的に行ったから、とか

ではない。


聖書は、いわゆる「地上の富」には関心を持っていない。

しかし、

自分がなすべき仕事

通常の任務に於いて

「わずかなことに忠実であった」かどうかということが

この箇所で問われている事だと思う。


特別なイベントや

熱心な布教活動や

様々な募金など

目に留まり易いそれらの事柄は、あくまでも一時的なことであり、

大切なのは、普段の、当たり前の仕事を

当たり前に仕上げることができるかどうか、

であると思う。


それが「終りの日」に

「よくやった、よい忠実なしもべであった。」とキリストに言ってもらえるかどうか、

であると思う。


宗教改革者のマルチン・ルターの有名な言葉のように。

「今日終りの日が来ても

それでもわたしは、りんごの木を植える」

*1聖書には「(人間は)自分の目に正しいことを各々行っていた」と書かれている

*2:この時間が人間にとっては「2000年も」だが、神にとっては「まだ2000年しか」なのかもしれない

2008-02-15

またしても転載です。

2007/11/14に書いた記事です。

何某さんが書いたブログへの返答になったいますが、

その何某さんは、これが返答であることを

分かってくれていたのかしら。。。。。?



[]majesty in this land 12:04 majesty in this land - umiusi45の日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - majesty in this land - umiusi45の日記 majesty in this land - umiusi45の日記 のブックマークコメント


何回か続けようと思っているところの、

「仕事論」の第5回目です。


今まで

  1. プロ倫に出会った。。。。。
  2. the way of life
  3. the meaning of life
  4. simple is sin

今回の話は

今までの話を読まなくても

大丈夫な話ですww


でも、

クリスチャン向け120%の話をしますので

クリスチャンでない人は

つまらないかもしれません。



先日から、この本の紹介をしてきました。


この本の職業に関する考察は

クリスチャンのわたくしめにとっては

もの凄くためになる本であるのですが、


どうしても

一つだけ受け入れられない点がありました。


先日、職業観で講演をした時には

その点はぼかして、

他の点を強調するように話したのですが、

他の方がその点をピックアップされたので

どうしても突っ込まざるを得なくなりました。



全ての人間は生まれながらに罪を犯したので

神の前に立つことが出来ない、


と、聖書には書いてあります。

ですので、

どの宗派だろうと、

この「全ての人間には罪がある」(いわゆる性悪説)というのは

教会に通っているクリスチャンの基本理念であります。



さて、

聖書の始めは

「はじめに神は天と地を造った」であります。


色々造ってみた神は

最後に人間を造り

これはよい」と言われました。

ところがご存じ「失楽園」を起こした最初の人間により

我々人類は

生涯安楽の地に住むことなくさまようわけです。

(そう書いてあるからしょうがない)


失楽園」の前、

人間を造った時、

神は人間に

「産めよ増えよ、地に満ちよ。

全てのものを支配せよ」

とおっしゃいました。

これを神が人間にこの世の管理を任せた、

いわゆるこの世の「世界管理」を人間が負った状態である

とされています。

従って人間は

この地上のものを全て支配することが出来るのです。


支配で一番最初にしたことは

名前を付けることでした。

そうして人間は、

神の監督の下

この地上の動植物他全てを支配(管理)したのでした。


ところがご存じの通り、

へびにそそのかされた人間は

失楽園」となり、


神に背いた=神に頼らない(神を中心としない)生活を行う=神と違う方向に向く=罪を背負う


という生活となり

神からも

「あなたは一生苦しんで働かなければならない」

と、死刑にも近い宣告を受けてしまいました。


その後、

例の「ノアの方舟」の時代には

人間の罪はピークに達し

神は怒りの一撃を人類に与え

唯一救われたのはノアの家族だけでした。

というのは有名な話ですが、

その後そのノアの家族に

神は

「産めよ増えよ、地に満ちよ。」と

おっしゃいました。


あれ、

なんか抜けている。。。。。。


そう!

「全てのものを支配せよ」という

管理を任そう、という一文が

アダムの時とはちがうのです。


神から離れた=罪を身にまとった

人間には、神のものを管理することが出来なかったのです。

では、「全てのものを支配する」ことが出来るのは

誰なのか?


人間からその資格を奪い取ったヘビ=サタン(悪魔)は

現在、「空中の権威(この地上での権力)」を持っているとされています。(エペ2:2)



さて、問題。

話は元に戻る。

「世界管理」は現在、人間の元にあるのだろうか。


たとえば

「一日一善」でもいい、

ボランティア」でもいい、

また、植林植樹でもいい、

そういった「良いこと」をすることは

罪に満ちて堕落していったこの世の人間にとって

神が創造した良い状態へと回復させるお手伝いとなる

だろうか?


見た目ではそうかもしれない。

しかし、

人間にとって都合のいいように管理すること=神の目にかなったこと

と言う方程式は、聖書の中では

あまり成り立たなかったし、

現実に、

経済活動にはつながっても

それがすなわち「創造の秩序の回復」につながるかどうかと言うのは

はなはだ疑問であります。


つまり、

わたくしめの結論としては

人間は堕落した結果、神からの世界管理は手元にない

と言うことなのであります。


だったら、

あの日のわたくしめの結論は、

一体なにを言っていたのか。




長くなったので、次回へ続く。

2008-02-05

こんどは2007/10/15に

その講演を終えてからの記事になります。

いきなり、

愚痴から始まりますwww



[]simple is sin 11:32 simple is sin - umiusi45の日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - simple is sin - umiusi45の日記 simple is sin - umiusi45の日記 のブックマークコメント


実はこないだの土曜日に

先日来言ってまいりました講演のときがありましたが、


まぁ、来ていただいた方には申し訳ないような

ガタガタなビチャビチャな話しか出来ず

本当に切腹しようかしら*1と思うぐらい

ひどい話しか出来ず、

申し訳ありませんでした。



さて、

その時に話したことに


たとえば勉強なら80点が合格ライン

とかで済むけど

会社は100点を出さないといけない。


と言われていたことは

皆さんもご存知だと思いますが


これからの社会、働き方は

80点+20点で100点を取る様な働き方を考えていくべきではないか

実はこれはおれの考え方ではなく、

以前、松下ソニーでトラブルが相次いだ時に

どっかのブログで見た記事からの引用なんだけど

(さっきから探しているが、見つからない)


当日はここまで言わなかったんだけど、

どういう話かといえば

どちらかと言うと日本は

従業員の性善説(作業工程にはミスはありえない)で成り立っているが、これからは

従業員の性悪説(作業工程にはミスはつき物)と言う考え方こそこれからの日本には必要なのではないか


ということなのです。*2



今までの日本は、仕事と言うものは

一に根性、二に根性、三枝がなくて五に努力

見たいな「雰囲気」があり

熱心にやるのが当たり前という不文律があった。


儒教的な

仕事と言うものは道を究めるもの

見たいな考え方がありました。

と思います。


努力すれば、報われる

という、木下藤吉郎的な世の中を目指していたこの日本社会は

努力しても報われないという

不のスパイラルに陥ってしまい、


だったら、まじめに仕事する意味ないじゃん?!


って事になりました。


かつての時代、

同じように

「だったら、まじめに仕事する意味ないじゃん?!」

と思っていた人もいたかもしれませんでしたが、

労働者の多くはまだ貧しく、

それゆえ「努力すれば、報われる」と思っていましたから

熱心に働かない人はイリーガルでした。


ところが、

今は若者の多くは

すでに(見た目では、かなり)豊かになっているので

それ以上に望めない以上

「だったら、まじめに仕事する意味ないじゃん?!」

と思うのも無理もないかもしれません。


となると、

当然、働く動機、士気が衰えます



かつての日本を支えた素晴らしい職人技も

バブル時代のどうでもいい習慣に飼いならされて

消え入る寸前でありますし、

その職人技を伝授される方の若者がこうでは


かっての「made in Japan = 最高品質」と言うレッテル

崩壊するのは

時間の問題でしょう。


だったら、どうするか?

  1. さらに、最高品質を求めるように努力する
  2. 最高でない品質でも、最高になるように工夫する

1.に関しては、今言ったとおりです。これからは、その「努力次第で云々」ということは

難しくなると思います。


2.が最初に言ったとおりのことです。


 だめだった場合の次善の策を

 最初から考えておくべき


ということです。


人間にはミスが付き物という

考え方をすべきだと思います。


どちらかというと聖書的なバックボーンを持つ欧米では

そのような人間にはミスが付き物という考え方は

当たり前だと聞きます*3


最初から100点を狙うのではなく

80点であっても

あとからちゃんと20点を追加できるような

体制を

最初から整えておく必要がある、


というのが最近の色々なミスを見て思うことです。


先日も、ありましたね。

260万人の朝の足を直撃 プログラムに潜んだ“魔物” - ITmedia News

 週末の朝、260万人の足を直撃したのはプログラムに潜む“魔物”だった──10月12日朝、JR東日本東京メトロなどの8都県662駅で自動改札機が起動しなかった原因は、「レアケース」という改札機の不具合だった。

ry)

 日本信号によると、現時点で判明しているのはこうだ。原因は自動改札機ICカード判定部の不具合。判定部には毎朝、サーバから起動用データの1 つとして、「ネガデータ」(ネガティブデータ)と呼ぶ、旧式カードや不正カードなど、改札を通過できないカードを認識するためのデータを送信している。この朝もネガデータを送信したところ、判定部がネガデータをメモリに読み込む際に不具合が発生。処理がそこでストップし、起動しなかったという。

photo ICカード判定部(同社資料より)

 調べたところ、ネガデータに「ある長さ、ある件数」といった条件が重なった時、データが読み込めなくなるプログラム不具合が判定部側にあることが判明。このため、判定部はエラーを返しながらネガデータ読み込みのリトライをひたすら繰り返す状態に陥り、起動処理が止まった。

 ネガデータはPASMOSuicaの相互接続が始まった3月18日以降に追加されたデータだという。ネガデータに対応するため、相互接続時にプログラムも変更していたが、そのプログラム不具合があった。更新までに1年ほどあったというテスト期間では“魔物”は見つからず、運用開始から半年以上経ったこの日の朝、本番環境で判明するという最悪の事態になった。

 同社の柏倉光行常務は13日夕方会見して経緯を説明し、「社会的なインフラを受け持つメーカーとして重く受け止めている。申し訳ございません」と謝罪した。

 ネガデータにダミーを挟むなどして条件を変えれば問題なく読み込めることは分かっているため、当面、始発前にネガデータをシミュレーション環境でテストした上で各改札機に流すようにする。このため、13日から通常通りの起動が可能になるとしている。プログラム改修は13日中にも行う。


TOYOTAのカンバン方式が流行したため

極力骨身を削って出荷するのが流行りなのか


次善の策を練らずに出荷したのか


続きを読む

*1:この頃、亀田さんの切腹ネタが流行っていた

*2:どこに書いてあったか、分かった方・書いた方がいればご一報ください

*3:どこで聞いたかと言えば、その、探している文章の中でです。

2008-02-04

また、ダイアリーからの転載です。

2007/10/10に書いた記事です。

前回から続きます。


[]the meaning of life 10:35 the meaning of life - umiusi45の日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - the meaning of life - umiusi45の日記 the meaning of life - umiusi45の日記 のブックマークコメント


前回の続きです。


だったら、なんのために、働くのか


たとえば

2.お金儲けのために仕方なく仕事をする

その場合も、

  1. お金のために、どんなことでもする
  2. お金は欲しいが、働くのもいや

と言う風に分類できるかもしれません。


2-1.お金のために、どんなことでもする

よく、「裸一貫でやってきた」と言われるのはこのタイプかと。


面白味がないとか、

つまらない男(女)とか言われようが

会社として一番有り難いタイプは

このようなタイプであるのは、

間違いない。

このような営業マンばかりの会社がもしあるとしたらば

社長はまさしく左うちわで過ごせるかしら?

と思いきや、

現実はそんなに甘くない。


第一そんな人間は社員の中で一握りだし、

そしてなにより一番やってはいけない間違いが

そう言ったバリバリに働く人を現場から管理職にあげてしまう

と言った例がしばし見られる。


会社として、

そういった「バリバリに働く人」を増産したい気持ちは

分からないでもないんだけど、

たしかに、その人の体験談の中でトピックとして他の人*1に伝えられることも有るかもしれないが

だいたいはその人個人の資質に係わるものなので

伝えられない事の方が多く

管理職になったはいいが、後輩部下などに上手く伝えられずに終わったり。*2


そう言う人は管理職なんかにならずに

自分で動いていた方が

100万倍早いし、稼げる。


だいたい、

そう言った人の部下ほど

2-2.お金は欲しいが、働くのもいや

ってことになるのが世の常だったり。。。。www


この2-2に関してはこの日

出来高賃金にするとなぜか人は働かない、

と言う話を「プロ倫」から載っけたけど、


現実、本当にその通りだったりするもんで

困る!

*1:大体、後輩

*2:昔から、「名選手、名監督にあらず」って言うでしょ!

2008-02-02

前回に続き、仕事論2回目は

2007/10/8に書きました。



[]その2:the way of life 13:30 その2:the way of life - umiusi45の日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - その2:the way of life - umiusi45の日記 その2:the way of life - umiusi45の日記 のブックマークコメント


さて、

前回(いつの?)の続きになります。

一般的な職業観についての論考を

ここしばらくは、ダベッテ逝きたいと思います。


人はなぜ働くのか、

と言うことに関して

わたくしめは日曜日に教会に行くクリスチャンですので


こういった本も参照するわけです。


先日「プロ倫」の話をしましたが、

そのように明確に仕事をする目的が有ればいいのですが、

そうでない場合

なにを目的として仕事をするのでしょう?


と言う疑問を最近持っています。


  1. 仕事が好きだから仕事をする
  2. お金儲けのために仕方なく仕事をする
  3. 「してあげている」と言う実感を持つため

その仕事が好きなので、採算度外視でやっています

と言う方(がいればその方)はそれでいいでしょう。

ただ、


1-1.「趣味が仕事になる」なんて

普通は、世の中そんなに甘くないわけです。

趣味というのは自分の楽しみのためにやるから趣味であって

それを世の中一般に通用するための変換作業をしなければいけないと思いましたし、

そうでないから「勘違い」をされた人の当人はおろか、周りの家族が苦労する、という場面が

よく巷を賑わすのかな、と思ったり。


「趣味が仕事になる」ためには

趣味を超越した、もの凄い苦労と努力、こだわりの他に

市場のニーズに有っているかという要素が必要になってくるとおもいます。

これは、たまたま時代が自分に合っているなら問題は無いのでしょうが*1

そうでなければ市場のニーズに合わす必要があるわけです。

(市場のニーズにあわせて仕事が出来るのなら、それはそれでどんな仕事でも、立派に起業家として大成できる要素ではありますよね)


「趣味を生かした仕事」ということなら、

この点はもっとクリアーできるとは思いますが。


1-2.仕事が趣味になる

そういう展開もあるかもしれません。

その職種がたまたま自分に向いていた

もしくは自分が望んだ職種だった、などで

しかし、それは

仕事に打ち込んだのはいいけど

それに振り回される可能性もあります。

「濡れ落ち葉」などと揶揄される最近の中高年というのは

それに近いか

もしくはそれを理由に仕事を隠れ蓑にしていたかのどちらかなのではないでしょうか。

ですのであまり「仕事にはまりすぎる」と

仕事場以外での自分の居場所が無くなってしまう可能性があります。*2



問題は2の「お金儲けのために仕事をする」の方かもしれません。

*1テレビ雑誌などで紹介される成功者というのが、大体こういうタイプだから困る

*2:自営業だったら、この問題は解決されるのだろうか?