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2008-06-06

さてさて、

だいぶ間が開きましたが

前回の続きです。



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さてはて、

神というのもまた、

人間にとっては理不尽なことをしてくれる存在

だったりする。


たとえば、

  • 恐怖
  • 憎しみ
  • ねたみ

その他、神が本当に完ぺき主義者であるならば

それらの要因は、最初から切って捨てておいてくれればいいものを。。。。。。


聖書で言う神が、完璧主義者であるのに

人間が思うまま*1の状態を放置しているのは

放置することによって神の存在を忘れさせるため、ではなく

神を求め、神の存在を覚え、

自らが自らの意思で神に従うことを望んでいるから、

だと思う。

そして、それを辛抱強く待っている

のかも。


イエス・キリストが亡くなってから

もう2000年ぐらい過ぎようとしている。

亡くなった端から、

そのうち、もうすぐ戻ってくる、と言われていたが

いってからも2000年も経っている*2

その戻ってくることが、いわゆる「終末」となっている。

その終末の時まで

辛抱強く(笑)神が望むような者として待ち続ける

必要があると思うが、


聖書の、

イエス・キリストの語った言葉は

福音書」と呼ばれている。

その中にはキリストの作った

「たとえ話」がいくつか載っていて、

その中でも

王様、又は領主様のような人が、旅に出かける話が

多く掲載されている。


その一つに、

ある人が旅に出た。そして3人のしもべにそれぞれお金を託した。

今で言えば、それぞれ1000万円、800万円、500万円ほどであろうか。

何年か旅していて、そして何年かして戻ってきた。

戻ってきて主人が一番最初に行ったことは

お金を預けた3人のしもべを呼び寄せる事だった。


1人目が来て言った。

「ご主人様、わたくしめは預かったお金を元に、もう1000万ほど儲けました」

それに対して主人は、

「よくやった、よい忠実なしもべだ!あなたはわずかなことに忠実であった」

2人目が来て言った。

「ご主人様、わたくしめは預かったお金を元に、もう800万ほど儲けました」

それに対して主人は、

「よくやった、よい忠実なしもべだ!あなたはわずかなことに忠実であった」

3人目が来て言った。

「わたしは、あなた様が蒔かない所から刈り取る非常な方だ、と存じていましたので、大事に隠しておきました。

ほれ、この通り、もとの500万円がございます。お納めください」

それに対して主人は、

「なんて間抜けな、仕事に怠惰なものなのだ!『わたしが蒔かないところから刈り取る』と知っていたというのならば、

なぜ銀行にでも預けておかなかったのだ?そうすれば利息も付いただろうし」

と言って、その3人目の500万円を取上げ、1人目にあげてしまった。


そしてキリストは言う。

「持っている者は更に与えられ、持たない者は取上げられる」



着目すべき点は、

わずかなことに忠実であった、と言う言葉。


それはたとえば、

宗教活動を熱心に行ったから、とか

交通安全運動を積極的に行ったから、とか

ではない。


聖書は、いわゆる「地上の富」には関心を持っていない。

しかし、

自分がなすべき仕事

通常の任務に於いて

「わずかなことに忠実であった」かどうかということが

この箇所で問われている事だと思う。


特別なイベントや

熱心な布教活動や

様々な募金など

目に留まり易いそれらの事柄は、あくまでも一時的なことであり、

大切なのは、普段の、当たり前の仕事を

当たり前に仕上げることができるかどうか、

であると思う。


それが「終りの日」に

「よくやった、よい忠実なしもべであった。」とキリストに言ってもらえるかどうか、

であると思う。


宗教改革者のマルチン・ルターの有名な言葉のように。

「今日終りの日が来ても

それでもわたしは、りんごの木を植える」

*1聖書には「(人間は)自分の目に正しいことを各々行っていた」と書かれている

*2:この時間が人間にとっては「2000年も」だが、神にとっては「まだ2000年しか」なのかもしれない

ゲスト



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